1-100」カテゴリーアーカイブ

USAT6 スパイを逮捕 左薬指にイレズミ

 夜になると、陸上から赤・青・黄の照明弾が、海上の米艦船に見えるようにあがった。スパイが上陸し、何事か連絡をとっているらしい。

 つかまえてやりたい―とねらっていた栗山兵長は、ある夜、岩かげにかくれ、沖の米艦船に懐中電灯で信号を送っている男を見つけた。さっそく阿部正男伍長(渚滑町出身)渡辺信男上等兵(深川市出身)に連絡をとり、三人でその男を取り押さえた。

 沖縄出身でハワイ生まれ、四十歳。三月十日潜水艦できて、湊川に上陸した―という。左手のクスリ指のあいだにUSAT6とイレズミがしてたあった。

 その後、小型無線機で通信を送っていた十九歳の女性をつかんだ。同じように、左手のクスリ指にUSA013とイレズミをしていた。ハワイ生まれで、サイパン、レイテでスパイ活動をし、沖縄にきたという。上陸は、さきにつかまった四十歳の男と同じだった。調査項目は、日本軍の兵力、重火器、地雷原の場所など。首の部分の頭髪を、みじかくかり込んでいたのが印象的だった。その後、二人とも銃殺された―ということを聞いた。

 ××  ××

 四月二十日をすぎた。米軍は上陸しない。兵隊たちの緊張感も意気込みもうすれた。石兵団苦戦―の情報が連日伝えられる。兵隊たちは、イライラおち着かない気持ちで毎日を過ごしていた。

 『いつ前線へ出るんだ? このまま、ここにいるはずはない。早く決めてくれ・・・』

 その待ちこがれた日が、四月二十八日だった。

 ××  ××

 甘利中隊の行動は、夜間行なわれた。やみのなかで、ものを見ることは、みんなもう、訓練ずみだった。東風平の部隊本部に中隊全員が終結した。久しく会わなかった他の小隊や分隊の戦友たちと、北海道弁で語り合うことができた。

 『貴様も元気だったか・・・よかったなあ、おたがいに、がんばるべな』

 『今度会う時はタマの音のしない、静かな九段神社だべよ。貴様が、まんいち、生きて帰ったらよ、九段にあいにこいよ』

 『北海道のつめたーい水がのみたいなあ・・・』

 『うん、腹いっぱいのみたいなあ・・・』

 『俺んちの井戸の水は、夏でも、手がしばれるくらいつめたいぞ。みんなに、うんとのましてやりたいなあ・・・』

 出陣を前に、北海道のつめたい水の話はつきなかった。

 ××  ××

 東風平から前線へ進むにつれ、路上に散らばる人馬の死体が数をました。ハエが、音をたててむらがっいている。栗山兵長は、戦場の感をひしひしと深めた。

 部隊は、一日橋の手前まできた。そこは、南風原、与那原、首里への道が、三方から交差しているところだ。ここを、兵隊たちは魔の三さ路といっておそれていた。十五秒に一発の割り合いで敵砲弾が落下する。こんなところで犬死はしたくない。部隊は、大きく回り道をして前進をつづけたが、栗山兵長は悪名たかい一日橋の状況を観察した。

 橋は、すぐにくずれ落ちていた。その付近に、日本軍の自動車、けん引車が数十台も破壊されて残ガイをさらし、人馬の死体が数えきれぬほど散乱している。戦死者は、どれもこれも、装具をつけていない。たぶん、前線から後方の陸軍病院へ送られる途中なのだろう。痛む傷こらえてここまでさがり病院を目の前にして倒れたのだ。照明弾の青白い光りが、凄惨な、この地獄絵を浮かびあがらせていた。

 (あすは、自分もこうなるのか・・・)