陣地偵察 鼻をつく悪臭 部落民の死体が散乱

 『シュッ!』みじかく空気をさく音。とたんに左十㍍の地点で砲弾サク裂。気がついてみると、満山兵長は、土砂をかぶって、道ばたのみぞに伏せていた。あたりに部落民の死体が散乱、その悪臭と、ものの焼けこげるにおいで、胸がわるくなる。

 やがて三人は立ちあがり、敵味方の砲弾がとびかう下を黙々と前進した。頭上に照明弾五、六発。つづいて気違いのように至近弾が集中する。三人は畑を走りぬけ、民家のこわれた石垣のなかへ飛び込んだ。

 小銃を持った兵隊が二十人ほどいる。久米分隊長が、大声で戦況をたずねた。

 『静かにしろ! 敵が近いんだぞ』

 隊長らしい人が注意を与え、低い声でつぎのように戦況を教えてくれた。

  1. 前方五百㍍の山かげに敵がいる。
  2. きょう(二十八日)の敵の攻撃はすさまじかった。
  3. 敵は迫撃砲の猛烈な集中射撃をあびてから、戦車をくり出し責めてく

る。

四、きょうも球団兵の高射砲で敵戦車を三台やっつけ、攻めてくる敵を撃退した。高射砲の命中率はいい(砲身を水平にして、戦車を撃つ命中率を意味している)

五、夜間、陣地を移動しないと、翌日全滅させられる。

満山兵長は彼等の態度に、力がこもり、殺気がみなぎっているのを感じた。久米分隊長は、二十三連隊の連射砲中隊の本部の位置をきき、迫撃砲弾の途切れるのを待って、部下をうながし、出発した。

あたりは、起伏のはげしい丘陵地帯で、タコツボや横穴がたくさんあり、弾薬のあき箱、住民のナベ、カマから衣類まで、あちこちにちらばっている。これは、住民たちが、国頭へ避難する途中、米軍の攻撃をうけたもので、死傷者多数をだした。避難できなくなり、やむなくここにとどまった者もあった。

三人は砲撃の死角をえらんで進み、イモ畑のくぼ地に出た。どこかの部隊の大隊砲が一門、砲口を空へ向け、間接照準で砲撃中だった。

米軍は、この大隊砲を撃滅しようと、砲弾を集中、あたり一面は土煙につつまれている。危険を感じ、三人はそばをはなれた。

くぼ地を右へ、すこしのぼったところに小さな沢があった。沢のなかに二、三十のごうがあり、その一つが、めざす第二十三連隊の連隊砲中隊の本部陣地だった。ごうのなかは負傷者でいっぱい。それでも、重傷者が続々と担送されてくる。

久米分隊長が、ごうのなかへはいり打ち合わせをしている間じゅう、満山兵長と大塚一等兵は入り口に立ち、運ばれてくる重傷者を見ていた。はいりきれない重傷者は、外にならべられていた。砲弾のさく裂音のつづくなかで、重傷者のうめきが、高く、低くあちこちから聞こえてくる。満山兵長と大塚一等兵は、いたたまれない気持ちで、久米分隊長の出てくるのを待っていた。

この世のものと思えない苦しげなうめき声を、任務とはいえ、じっと聞いていなければならぬつらさ。気がめいっていた二人は、ごうから出てくる久米分隊長の姿に、救われたような思いだった。その二人へ分隊長は

『これから、砲の陣地選定にゆく。敵にぶつかるかもしれぬから注意しろ』

きびしい口調だ。満山兵長の手は無意識にけん銃にさわっていた。この付近には、わが無線通信隊がいるため、とくに敵にねらわれているという。

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