三本足の馬 破片で足吹き飛ぶ 馬車はやむなく捨てる

 二十九日午後三時、出発準備発令。軍隊手帳、典範令類(軍人の教科書様の書物)などは洞穴内に穴を掘ってうめ、背のう、予備の被服、文房具類、石ケンなどはひとまとめにしてごうの管理者にあずけた。

 満山兵長は母の手作りの千人針を腹にまき、日の丸の寄せ書きを雑のうに入れた。出発の日没までは、まだ二、三時間ある。連隊砲をごう内から路上にひき出し、草と板をかぶせる。分散しておいた弾薬を弾薬車につみ、食糧、資材は馬車に積んだ。

 日が沈みかけたころ、南東方向から、敵機が二機、低空で飛んできた。すでに、グラマン機は母艦にひきあげたあとだ。二機はネコ背のプオートシコルスキー機。飛行方向を見て自分たちが目標でないことを知り、満山兵長は胸をなでおろした。が、突然、ダン・ダン・ダン・・・と重い発射音―音のした方向を見た。くぼ地から機関砲が二門、砲口を上空に向けて撃ちまくっている。

 〈あんなところに、機関砲がいたのか・・・〉

 満山兵長は、はじめて知った。地上からのタマが赤い尾をひき、先頭機の機首スレスレを飛びぬける。

 『惜しい・・・もうすこしだッ!』

 兵隊たちは、声援を送った。機関砲隊の隊長が叫ぶ。照準の修正。二番機を撃つ。これも失敗。二機は、キラリと夕日をつばさに反射させ、反転して山かげに消えた。

 『まったく惜しいことをしたな』

 兵長らは、道ばたに腰をおろし、いっぷくした。出発準備を終え、命令を待っていたその時ヒューと一弾。頭上を越え、五十㍍ほど前方でサク裂。つづいて、右にも左にも火柱がたつ。さっきの二機が連絡したらしい。みんなは、経理室本部のごうに飛びこんだ。砲撃はひとしきりつづき、やがて静かになった。

 外へ出て見ると夕やみに白くうき上がって見える道路は、あちこち穴があき、黒く畑の土がちらばっている。火砲と弾薬車は無事。だが、たのみにしていた馬は、右前足が破片で飛ばされ、三本足になっている。やむなく、馬車はすてることにした。

 津嘉山出発の命令。道路は一昨夜ほど混雑していない。もう他中隊は前線に到着したようだった。途中、野積みのドラムかんに火がつき、はじけながら、あたりをあかあかと照らして燃えていた。住民の死体が散乱している。進むにつれ死体の数が多くなる。うつぶせになった、上半身はだかの男の背中が、青白く光っている。

 〈黄りん弾でやられたな?〉

 さらに満山兵長は、悲惨な光景を見た。母親と子供が三人死んでいる。父は防衛隊にでも招集されたのだろう。母親の死体のそばに、フジで編んだ、古めかしいバスケットがころがっており、そのなかからむしたイモが数個、地面へころがり出していた。郡の指令に従い、島尻から着のみ着のまま、国頭郡へ避難の途中、ここで倒れたのだろう。無心な子供の死に顔とイモ―悲哀をそそる光景にも、いま、足をとめることはゆるされなかった。非情な戦争そのもののように、満山兵長ら、連隊砲小隊は先進して行く。

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