応用投テキ 『山砲弾』を素手で・・・ ゴウ入り口の海兵隊目がけ

 五月十三日午前十時ころ、三十人ほどの敵兵が、がけの裏側からゴウの入り口に迫ってきた。赤鬼のような大男たちは、入り口から爆薬を投げこむ。

 〈馬のり戦法だ。昼間、よくも大胆に肉薄してきやがったな!〉

 『伊坂兵長と土井伍長は、患者を守っていてくれッ』

 香川曹長の絶叫。兵長が振り向くと、手りゆう弾を持った曹長の走り去るうしろ姿。すぐ伊坂兵長は、となりのゴウへ走った。

 『班長ッ! 伊坂、まいりましたッ!』

 土井工(たくみ)伍長は、ひとりで敵に手りゆう弾を投げていた。

 『おッ! たのむぞ!』

 手りゆう弾を投げ、ゴウの入り口にかくれながら、土井伍長の元気のいい叫び。と同時に入り口で敵の手りゆう弾が、四、五発一度にサク裂した。

 間髪をいれず、土井伍長は、入り口へ飛び出し、敵兵めがけて手りゆう弾を投げた。この勇猛な手りゆう弾戦で、伍長はすでに十人ちかい敵を倒していた。

 敵の手りゆう弾が伍長の足もとに落ちた。伊坂兵長は鉄砲玉のように伍長に突進、体当たりでふたり一緒に四㍍ほどさきへころがる。手りゆう弾カク裂。みじかい叫び。伍長は両手で顔を押さえる。その胸もとに鮮血がひろがる。手の指をつたうのも赤い血―伊坂兵長も右ほほに破片をうけ、頭がグラグラする。土井伍長は即死だった。その夜、兵長は、伍長の遺体を埋葬した。

  ××  ××

 敵の攻撃は夜どおしつづいた。十四日朝になる。敵におされ、もうどうにもならぬ。

 敵は白い脚絆(きやはん。足にまく布)に小さなリユック、腰に六発の手りゆう弾をさげ、自動小銃をかまえた海兵隊員だ。エンビ(携帯用小型スコップ)をクワのように使い、自分が通れるだけの交通ゴウを掘って登ってくる。それが列をなし、十列も十五列にもなってじりじりと攻めてくる。

 向かいの山には、敵のソ撃兵(小銃でねらい撃ちをするのが任務の兵隊)がいる。彼らの眼鏡つきの小銃はヤミのなかでも命中確実という精度のいいものだ。それで昼間、援護射撃をやられるのだから、伊坂兵長らは手も足も出ない。

 いよいよ工兵独特の応用投擲(とうてき)を使うことになる。これは、山砲を撃つ手製の砲のことで、四、五発撃つと筒(つつ)がわれ、そばにいると自爆する危険なものだ。その筒も三、四本しか残っていなかった。

 〈筒は、使えない。素手でやれ―〉

 伊坂兵長は、山砲弾を二発かかえ、せまい交通ゴウを走ってゴウに飛びこんだ。

 休むひまもなく、砲弾頭の安全センをぬき、両手で持ちあげて力いっぱい、ガケ下へ投げた。五、六㍍落ちたところで、“ガガーン”と爆発音。すぐ、つぎの砲弾をその横のほうめがけて投げる。

 中村上等兵は左足負傷。山田一等兵は手りゆう弾で左肩と背中に負傷。赤星一等兵、布施伍長のふたりは足をやられているのに、信じられないような早さで、山砲弾を運んでくる。

 伊坂兵長も、できるだけ早くそして、遠くへ投げることに没頭、十二、三発を投げつづけた。ヒユル・ヒユル・・・と無気味な音が、空中を突進してきたのはそのときだった。

戦記係から 『七師団戦記・ノモンハンの死闘』の予約出版を受け付け中です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です