石兵団の切り込み① 生還は期せず 孤立の僚友救助に出発

十七日夕方、第三小隊長奥原准尉が、第五中隊本部へ呼ばれて行った。間もなく深刻な表情で戻ってきた。准尉は、しばらく考え込んでいたが、意を決したように各分隊長に集合を命じた。

『今夜、わが第三小隊は、現在第五中隊(長・岸本孝中尉)がいる安波茶の前方二㌔(嘉数付近)に前進してきた敵に切り込みを敢行し、昨夜進みすぎて敵中に孤立している第三中隊(長・松田中尉)を連れ戻すよう命令をうけた。横山兵長以下一人は斥候(せっこう)となって、敵軍の第一線付近を偵察のため、すぐ、出発せよ。さらに各分隊長は、今夜の切り込み隊員十二人を選出し、小隊長のところに集合させろ』

命令にもとづき、切り込み隊が編成された。隊長は奥原准尉。川口伍長(第一分隊長)堀口上等兵(軽機関銃手)広田一等兵(弾薬手)横山兵長(小銃手で斥候(せっこう)に出発していた)斎藤上等兵(てき弾筒手)藤田一等兵(小隊長の伝令)中田伍長(第二分隊長・室蘭)志田上等兵(軽機関銃手・札幌)横田上等兵(弾薬手)塚本、畠中上等兵、村上一等兵(小銃手)横山兵長が帰ってきた。『敵は、伊祖付近の高地、ナマコ山に陣地を構築し、トーチカらしいものが二カ所、その後方にロケット砲陣地があります』(ロケット砲は、砲身が横に五門、上に六段重ねになっていて全部で砲身は三十門。口径は四㌢。ボタンを押すと、つぎつぎに発射し、横に約二メートル間隔で弾着する)

奥原准尉は、緊張している十二人の切り込み隊員の前に立った。

『今夜の切り込み隊の任務は特に重大である。ここに選抜された十二人の命は、この私にあずけてほしい』

一同の決意をこめた『ハイ』の声がひびく。つづいて、切り込み作戦の説明が行なわれた。

『軽機関銃手と、てき弾筒手をのぞき、残りの者は急造爆雷を背負い、ナマコ山に切り込んで後方の敵軽迫撃砲陣地を爆破し、その側面にいる松田中隊を誘導する』

午後十時、奥原准尉以下十二人の切り込み隊員は、招待のタコツボを出発、中隊指揮班の洞窟についた。中隊長岸本中尉が奥原准尉以下十二人の顔を見回し、

『ごくろう。今夜の任務は、非常に重大である。生還は期しがたいと思うが、りっぱに任務をはたすよう。時間もあまりないが、出発まで、ゆっくり休め。それから、これは、とっておきのブドウ酒だが、みんなで飲んでゆけ』

飯ごうのフタにつがれたブドウ酒を『いただきます』といって奥原准尉が一口飲み、川口伍長にまわした。切り込み隊員は無言で一口ずつ飲み、つぎつぎと手渡した。

午後十一時、切り込み隊員は中隊長や戦友たちに激励されて洞窟をあとにした。

敵の照明弾が明るい。花火を打ちあげるときと同じように、筒で打ちあげ、七、八百㍍上空で発火、パラシュートが開き、マグネシュウムが燃えながらおりてくる仕組みになっているが海上の米艦船から打ちあげる照明弾は、地上部隊のものより、高度も高く、明るさも強い。しかし、地上部隊の照明弾も、三発くらい一斉に打ちあげると、草が一本一本見分けられるほどの明るさになる。切り込み隊員は、照明弾の照らすあいだは地面に、じっと伏せ、消えると前進をはじめた。

小高い丘に到着、ナマコ山がすぐ目の前にある。百㍍ほど右に部落、五、六軒家がある。奥原准尉は、あの部落で敵情をよくうかがい、それから切り込みを敢行しようといい、偵察のため丘をおりかけた。その時、照明弾が上がった。第二分隊の者はすぐ伏せた。第一分隊の兵は、なにを勘違いしたのか、急に奥原准尉を追って走りだした。

ナマコ山の敵の機関銃が火を吹き始めた。曳光弾だ。ヤミのなかに着弾がよくわかる。第二分隊の者も、第一分隊のあとを追って走った。走りながら志田上等兵は、第一分隊のだれかが敵弾をうけて倒れるのをチラッと見た。確認している暇はない。猛射を浴びながら部落へ飛び込んだ。すぐクボ地にはいり、軽機関銃を敵に向け、射撃姿勢をとった。ほかの隊員たちも、それぞれクボ地へはいった。しばらくして、敵の射撃がやんだ。新しい照明弾が上がる。志田上等兵のまわりが、急に明るくなった。

横を見ると、弾薬箱を持った兵隊が二人いる。一人は第一分隊の広田一等兵だ。志田上等兵は、小声でたずねた。

『堀口上等兵(第一分隊の軽機関銃手)は、どうした?』

広田一等兵は、」ハッとした。志田上等兵を、堀口上等兵と思い込んでいたようだ。あたりを見回したが、堀口上等兵はいない。すると、さっき倒れたのがそうであったか―と、志田上等兵は胸をつかれた。

 

沖縄戦きょうの暦 5月11日

天久方面の米軍陣地に日本軍切り込み。

 

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