黒砂糖 一瞬、帰らぬ身 いまほほえんでいたのに

四月十七日、山三四七四部隊第十一中隊(長・木口恒好中尉)と第六中隊(長・大浦真治中尉=札幌南六西十三)はそれぞれの大隊からはなれ、吉田部隊長の指揮をうけ、部隊主力として運玉森の陣地についたがーここへくる途中のことだ。長浜慶治上等兵(赤平市茂尻旭町五条四号二舎)は、前進する部隊の中で、弾薬を積んだ荷車を二人の戦友と引いていた。

行きあう部落民が、部隊を激励してくれる。

『兵隊さん、がんばってください』

『兵隊さん、これ、たべてください』

モンペ姿の娘さんが長浜上等兵に、黒砂糖のひとかたまりをてのひらにのせて、さし出した。荷車の右側の先棒をひいていた長浜上等兵は、戦塵によごれた娘の顔を見た。娘は、ニッコリ白い歯をみせてほほえむ。

『あ、ありがとう』

もっと、なにかいいたかった。敵の迫撃砲弾がなかったらーここが戦場でなかったらー部隊は前進中だ。立ちどまることもできない。歩きながら黒砂糖のかたまりを三つに割った。左側の小泉正千代一等兵(虻田)と、その左の脇田三次郎一等兵(二十三歳、函館)に、ひちかけらずつ分けてやる。汗を流して重い荷車をひいている二人は、さっそく口へ入れ、感謝の意をほほえみにうかべた。

長浜上等兵が、残りの黒砂糖を口に入れた。甘さが口いっぱいにひろがる。ゴクンと甘いツバをのみこむ。小泉も脇田も、激しい疲れをいやしてくれる甘さを、心から味わっているふううだった。〈うまいか?〉と声をかけようとした瞬間、赤い、火の玉のようなものが三つ四つ、ヒュル・ヒュルと・・・回りながらこちらへ飛んできた。迫撃砲弾たッ! 左側の脇田一等兵のほうに落ちた。首が吹き飛ぶようなショック。キーンと鳴りわたる聴覚。降ってくる土砂。分隊長・松川伍長の声が、遠いかなたから聞こえる。

『全員、無事かーッ』

頭から土砂をかぶって、ぼんやりしていた長浜上等兵は、足元を見た。小泉と脇田、ほかに二人倒れている。脇田が悲痛なうめき声をあげて絶命した。

『小泉ッ、小泉、どうしたッ』

小泉一等兵が手で、のどを示す。ひどい傷だ。血がドキドクわき出ている。声が出せないのだ。脇田の前を歩いていた田中千代吉一等兵(胆振支庁管内)は左腕がない。目を大きく見開き、肩で息をしながら、血まみれになって転がっている。そのそばに、他中隊の兵隊が一人死んでいた。

〈いま、黒砂糖をなめたばかりな手なのに・・・〉

迫撃砲弾は、なおも落下する。重傷の小泉一等兵を背負った長浜上等兵は、怒りで血が沸騰するのをおぼえながら〈逃げ場を捜さなければダメだ、逃げ場を・・・〉と、しきりに、いいきかせていた。

あっ! と思った。小泉一等兵が、長沼上等兵にしがみつき、いきなり、そばの排(はい)水溝(こう)に引きずり込んだ。動けないとばかり思い込んでいた小泉一等兵のすごい力―長浜一等兵は、血にそまってあえぐ小泉一等兵の顔を、まじまじと見つめた。

落ち着いてみると、近くに部落民のごうがある。今度は長浜が小泉を抱きかかえ、そこへ避難した。脇田一等兵を葬ってやろうという。だれかが戦死体を運んできている。だが、見ると他中隊の戦死者だ。みんな、いかにあわてていたか、この時になって、はじめて気がつく。

気持ちが、しだいに正常になる。僧侶の子・松川伍長の読経の声が、胸にしみ、一瞬にして身近な戦友の一人を失った悲しみが、胸のなかにもり上がり、みんな、肩をせりあげて泣きむせんでいた。

左腕を失った田中一等兵と長浜上等兵を助けた小泉一等兵は野戦病院へさがれと命令された。二人は、こんなところで、戦友たちと別れるのはいやだと、大声をあげて泣き出した。だが、この重傷では、第一線へ連れて行くことはできない。戦友たちは、二人を元気づけ、なだめすかして野戦病院へ後送した。

長浜さんは、当時を追想してこういっている。

『黒砂糖をやった時の、うれしそうな脇田の顔と、小泉の顔がいまでも目に浮かびます。私を助けてくれた小泉も、それから田中も、その後戦死したので、野戦病院へ送ったのが別れになりました。重傷の小泉が、私をすごい力でみぞへひっぱり込んでくれた好意を、私は生涯忘れることはできない。そして、別れるのがいやだといって泣いたあの二人の声も・・・』

生死をともにした者同士が心に刻み込んでいる戦友愛―山兵団の生き残りはみな、一度は沖縄へ行ってみたいという。人間の醜悪さと崇高さを最も鮮烈に体験させてくれた場所として沖縄は、生存者にとって忘れることのできない土地なのであろう。

 

沖縄戦きょうの暦 5月12日

 

米軍総攻撃開始。攻撃の主力は首里、那覇の中間地区にそそがれる。

 

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