石兵団の切り込み③ 頼む、水をくれ 死んでもいいから…

志田上等兵は、中田伍長の声に、目をさました。敵は、もう撃っていなかった。起き上がろうとした。からだが妙に重い。土砂にうもれている力をふりしぼって立ち上がった。頭がズキズキ痛む。三人は前進をはじめた。

しばらく歩いた。前方の岩かげに人影を認めた。地にふせヤミのなかに視線をこらす。友軍のようでもある。中田伍長が低い声で『やま・・・』あいことばを叫んだ『かわ・・・』相手が答える。

ほっと気がゆるむ。立ち上がって歩み寄った。友軍の機関銃陣地だった。第五中隊の陣地の方向を教えてもらった。ヤミのなかを教えられたとおり進み洞窟(くつ)を見つけた。入り口に大槻蔵吉兵長(室蘭)塚谷政三衛生軍曹(美唄)雁瀬兵長(北海道)らがいた。志田上等兵は、ふたたび失神した。

気がついたとき、丸太づくりの寝台に寝かされていた。頭がぼんやりしている。

『かわいそうに、いい男だったのに、やはりダメか・・・』

という声―大隊本部の連絡係外崎吉男曹長(美唄)だ。志田上等兵は、自分のことを言っているな、と思った。のどがやけつくようだ。重傷で水をのめば死ぬ―ということは聞いていた。しかし、外崎曹長は、北支那で初年兵の自分(志田)の班長だった。最後の水が飲みたい―志田上等兵は水をくれと叫んだ。

『オイ、しっかりしろ。いま水を飲むとまいるぞ。もう少しまて、飲ませてやるから・・・』

村上衛生上等兵(北海道)の声だ。もう、そんなことはどうでもいい―志田上等兵は叫びながら、身もだえた。

『死んでもいい・・・たのむから水をくれ、たのむ・・・』

あばれる志田上等兵を、村上上等兵が、しばらくおさえていた。が、だまって立って行った。志田上等兵の背中は肩からはいった敵弾が抜け、大きな傷口を開いていて、そこから肺の動くのが見えた。みんなの意見ではこの重傷では死ぬだろう、水を飲ませてやろうということになった。

村上上等兵は、七合ぐらいもはいる大型水筒を持って戻ってきた。

『ほら水だ。すこしは元気がつくかもしれん』

口をあけ、水筒の口をあてがった。その水を、志田上等兵は息もつかずにのみほした。

背中の傷は、痛むというより焼けつくようにほとっている。水を飲んで、ホッとした気持ちになった。体力が満ちてくる、気持ちに張りがでてくる。若さというのだろう、死ぬような気がしなくなった。

指揮班長の金山徳治准尉(余市)がやってきた。

『志田、どうだ立てるか? ほんとうは、お前を病院まで担送(担架にのせて送る)してやりたいのだが、このとおり、手がたりないんだ。わるいが、お前一人で、大隊本部の病院へ行ってくれ。中隊は今夜十一時に、ここから後退することになっているんだ』

志田上等兵は『ハイ』と答え起き上がろうとした。頭がズキズキ痛む。がまんして腰をあげた。めまいがして倒れた。

『やはり、だめか・・・』

金山准尉のがっかりした声。志田上等兵は、へこたれなかった。

『いま、何時ですか?』

時間をたずねられ、金山准尉は不審そうな顔をしたが、腕時計を見た』

『四時五分だ』

志田上等兵は、十一時まで、まだ、六時間ある―と考えた。

『十一時までには、自分で始末をします。准尉殿、もうすこし、ここにおいてください』

金山准尉は、ではそうしてくれといって、さびしそうに去って行った。

志田上等兵は、じっと体力の回復を待った。五時間ほどたっていた。起き上がろうとした。頭は痛むが、立って歩けそうだ。

大槻兵長に、そのむねを告げ、小銃に銃剣をつけてもらった。小銃をつえにして静かに歩いてみた。どうやら歩ける。病院へさがることを申告した。

松浦弘曹長(幌内村)が見送ってくれた。

『志田、気をつけて行けよ』

松浦曹長の無事を祈ってくれる声に、目から涙があふれた。

『曹長殿、武運長久を祈ります』

早く行け、とせきたてられ、洞窟(「くつ)の外へ出た。午後十時ころだろう。照明弾が、海からも陸からもうちあげられ、夜のまちを歩くように明るい。志田上等兵、銃をつえに、ふらつく足に力をいれ、沢岻(たくし)の大隊本部病院まで一㌔の道を歩きだした。

 

沖縄戦きょうの暦

5月15日

 

首里松川高地で戦闘。

 

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