弾薬小隊到着 アダ討ちの砲撃準備 恩賜のタバコをじっくり

 満山兵長は、雑のうから恩賜のタバコをとり出した。内地帰還のとき、持ちかえるつもりで大切にしていたが、そんな機会はもうないような気がした。

 思いきってフタをひらく。菊の御紋章のついた太目の巻きタバコが、箱のなかにきっちりならんでいた。おごそかな気持ちで、はしの一本をつまみ、マッチの火をつけた。青い煙りがスウーッとのぼる。

 その瞬間、地上からいっさいの音が消えた。

 (おや?)

 兵長は自分の耳を疑った。四六時中、たえまなく鼓膜を圧し、命をおびやかしていた爆音、砲声、機銃音、砲弾のサク裂音のいっさいが、ピタッとやんだ。やわらかな陽光が、木の葉にまぶしく照りはえているだけだ。なんの物音もしない。そのへんを、ちょっと散歩でもしたくなるような軽い気分― 

 この平和な、そして不気味な沈黙は二、三分つづいた。突如、敵の砲撃開始。機銃発射のするひどいひびき、グラマンの大群が迫る爆音―全神経がかきたてられる。きびしい現実の戦場。

 友軍陣地のある斜面一帯は、敵迫撃砲の猛射をあび、土煙でもうもう。その土煙のなかにチカチカ光るのは友軍の機銃だ。グラマンが急降下しては舞い上がる。敵のりゆう散弾は、地上数㍍の上空でサク裂、そのまま、白い煙となって地面に飛びかかってゆく。満山兵長らのいる沢には、日本軍がいない―と米軍は見たらしい。猛攻をあびせない。時おり思い出したように、ヒユッーと鋭く空気をさき、迫撃砲弾が落下する。それがサク裂すると、折れた刀身のような破片が、ブルブル・・・と無気味な音をたてて飛散し、ビシッ!と木の幹に突きささる。

 満山兵長は、穴の中であおむけに寝転び、空を見上げていた。すみきった美しい青空と、飛びまわるグラマン機。天界と人界の相違は、天国と地獄の相違に思えた。

 ××  ××

 満山兵長は空腹を感じた。別命あるまで食べるな、といわれている乾パンが、雑のうに二袋あった。その一袋をたべた。午後三時ごろである。

 ××  ××

 日がくれてから中隊本部より古口正明准尉(二十年六月十五日与座まで健在、以後、近江中隊長とともに戦死と推定されている)がきた。砲位置が決められ射撃準備を命ぜられた。

 すでに、第三大隊長(和田弘大尉)から射撃命令がでていた。満山兵長ら第一分隊が撃たれなかったのは、久米分隊長以下幹部が戦死したのと、弾薬の未着、友軍との連絡がとれない―などのためであった。

 夜の十時ごろ、弾薬小隊到着。沖縄住民で編成のこの小隊は、一緒にニギリめしを持ってきてくれた。満山兵長ら第一分隊員は、その小さなニギリめしをたべ、火砲の組みたてにとりかかった。

 付近に、重機関銃分隊がいた。横山兵長らの連隊砲が射撃をはじめると知ると、いそいでどこかへ行ってしまった。敵の物量にものいわせる報復射撃をおそれたのだ。

 当然くるであろう―猛烈な集中砲火。満山兵長は一瞬考えたが、敵陣を正確に砲撃することで頭がいっぱい。久米分隊長のかたきをとることで、見も心も燃えていた。火砲のすえつけを終えた。観測班長の指揮によって、敵との距離、高低、方向など諸元を照準器におく。くらくてこまかい目盛りがよく見えない。はやる気持ちをぐっとおさえ、照準手としての任務に精神を集中する。

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