さびしい 洞くつに置き去り 敵中で原隊へ戻れず

 〈発炎筒だ・・・どこかに発炎筒があったはずだ。あいつなら、はでに火をふくから、きっとうまくゆく・・・〉

 づ時沢軍曹は、手さぐりでさがしはじめた。岩やら板やらかんずめのあきカン、その他いろいろなものが手にふれる。

 〈まるで、メクラが金をさがしているみたいなかっこうだろうなあ・・・〉

 いくら捜しても、発炎筒がみつからない。いや、手にふれない。

 すみからすみまで、よつんばいになって、手さぐりで行ったり、きたり。ひざがしらを痛め、捜しはじめてから二時間くらいして、やっと、一本の発炎筒を岩かげにさぐりあてた。

 すぐ、ガソリンのはいった容器と布切れをとりよせ、発炎筒に着火した。

 “シューツ”と、花火のように吹き出す火。直接その火を、ガソリン容器にあてた。ガソリンが爆発的に発火した。まぶしくドウクツ内が照らし出される。白い煙りをふき出している発炎筒は、広場のほうへ投げた。

 〈まず、めしの準備だ・・・〉

  ××  ××

 こうして、藤沢軍曹の一人ぐらしが、はじめられたが、二日目になると、ひとりだけ、この世にとりのこされたような心細さにたけきれなくなった。入り口付近では、相変わらず爆発音がしていたが

 〈よし、思いきって、今晩、原隊へかえろう〉

 そう決心した。すると、生気が体内にみなぎり、いそいで、めしを食うしたくをはじめた。

 原隊の上官、戦友たちの顔が目先にちらつく。希望がわいてきて、口笛をふきたくなるほど、胸がワクワクする。楽しい。どうして楽しいかわからないが、楽しい―。

 めしは、アルコールでたく。早い。かっこむ真夜中の十二時。

 〈ちょうどいい。地方人の着物を着てゆこう〉

 軍服のうえから、バショウの皮で織った着物をきる。武装する。

 〈脱出のコースは、広い三号病室の出口から、あのガケを伝い・・・〉

 頭のなかに、道すじがうかんでくる。ロウソクに火をつけた。居室の火は消さずにおく。広場から炊事場に出た。外が、かすかに見える。照明弾が、しきりにあがっている。外の空気がうまい。勇気を出して進もうとしたとき、頭上から英語で話す人声がきこえた。

 〈出口のうえにだれかいる!〉

 さらに、前方に敵兵の姿を発見した。

 〈だめだ!・・・ここは敵の陣地だったんだ〉

 がっかり。体内の力がぬける。足音を忍ばせどうくつの奥へひきかえした。

 〈原隊へもどることは、あきらめるより仕方がない・・・〉

 そう自身にいいきかせ、いつとはなく眠りにおちた。

  ×   ×

 よく朝、目がさめると、またまた、じっとしていられないさびしさ、あせりを感じた。

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