待機 故郷の家族に思いはせ じっと敵襲を待つ

〈本土では、何をしているんだ? 沖縄はどうなるんだ? 次は本土が戦場になる。この地獄のようにむごたらしく、悲惨な苦しみを、家族の者たちに味あわせたくない。きょうまで何千、何万もの若者たちが、いのちを投げだして、ようやくこの地点まで進み死守してはいる。だが、友軍機の参加もなく、希望のない戦闘、夜だけの戦闘しかできない。これでいいのだろうか?・・・ 〉

佐藤上等兵は、もの思いにふけっていた。穴のうえにはりわたした偽装網のあみめから早朝のすみきった青空が見えた。気持ちがはればれするような青さだ。遠く、飛行機の爆音が聞こえた。砲弾のサク裂音もしていた。上等兵らのタコツボ付近は静かだった。そのまま数時間が経過した。

ふと佐藤上等兵は人声に耳にし、右側の山上を見上げた。おおいかぶさっているその頂上に敵の将校と兵がふたりいる。彼らは、大隊砲陣地のほうを指さしながら話し合っている。すぐ足もとにいる上等兵らには気づいていない。

佐藤上等兵は中原一等兵をつつき、上を指さした。静かに軽機をかまえる。ここからなら百発百中―撃とうとした。が、やめた。渡会小隊長の注意を思いだしたのだ。それを知らない中原は、身ぶりでさかんに、射撃をさいそくする。上等兵は無言で首を横にふりつづける―その時、小銃の音が、上等兵らの下のほうからひびいた。

〈バカ野郎ッ! だれだッ! 〉

どなりつけてやりたかった。タマは敵兵にあたらず、彼らは岩かげに身をかくした。

(あとでわかったことだが、撃ったのは、穴から小便にでて敵を発見した川添一等兵であった。佐藤上等兵は、命令にこだわりすぎていた自分を反省した)

やがて、山の裏側の道路から敵戦車のキャタピラの音がひびいてきた。何台も通過する―

〈敵戦車だ。いまに、下のくぼ地や山上に、敵兵があらわれる! 〉

上等兵らは、射撃命令を待った。

敵の砲撃が始まった。最初、左側のわが大隊砲陣地一帯が土煙りにおおわれ、つづいて友軍陣地全部が敵砲弾のサク裂範囲内におかれた。

緑の地面がみるみるうちに赤土色に変わってゆく。すごいサク裂音―

〈これは大変な砲撃だ。穴にいる友軍は一人のこらず戦死だぞ・・・ 〉

佐藤上等兵はそう思った。あたり一面、土煙りにつつまれ、かすかにしか見えない。大隊本部の陣地付近では、手りゆう弾戦が展開されているようだ。

中隊本部からの射撃命令を、首をながくして待った。―だがなんの命令も伝達もない。戦闘の場所は、上等兵らのいるここからは一千五、六百㍍離れている。勝手に守備陣地を離れることもできず、三人は、すさまじい戦闘を、ただ傍観しているほかはなかった。

〈つぎは、わが陣地だ。いまに、かならずやられるに違いない 〉

そう覚悟を決め準備していた。各陣地の死闘は、数時間にわたった。日が西にかたむきはじめる。敵の砲撃がこやみになり、やがて、佐藤上等兵ら第三中隊の陣地に敵弾が落ちないままに、砲声はやんでしまった。

静かだ―猛撃をうけずに戦闘は終わった。あわただしく連絡兵が走りまわる。各陣地とも、相当数の戦死傷者がでたようだ。

渡会小隊長がくらい顔をして現われた。道路の向こう側に配置したテキ弾筒分隊員四人は全滅した―という。

小隊長のつぎの命令により、中隊は、悲観すべき状況下にあることを知った。

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