切り込み中止 わずか四人ではムリ 終結地で他部隊が全滅

石塚軍曹は、佐藤上等兵に“すまなかった、すまなかった、おかげで命びろいをした・・・ ”と頭をさげ、

『首里方面の敵が、機銃で撃ってくるのに、おまえは、頭を出しているので、心配だったものだから怒鳴ったんだ・・・』

という。夢中で撃ちまくっていた上等兵には、初耳だった。

〈全然、気がつかなかった・・・すると、俺も命びろいしたわけか・・・〉

××  ××

その夜、佐藤上等兵はじめ中平一等兵、暁兵団の上等兵ふたりの四人は、切り込み隊を命ぜられた。中隊本部のゴウで、各自、手りゆう弾二発ずつと友軍の宣伝ビラを渡され、出発したが、三、四日間、なにも食べていないので、歩くたびに腹にこたえた。

中隊本部ゴウから芦崎分隊の陣地につく。切り込み隊は、ここから二百㍍ほどさきの部落に一応集結することになっていた。山上から前方の敵状を見渡した。照明弾の明りはあるが、小雨のためよく見えない。山のすそを黙々と進む。

〈芦崎分隊の前方の山に、友軍二十人ほどが陣地をかまえていたが、一発も撃たず、敵に占領されたそうだ。中隊長は、けさ、その情報をうけ“そんなバカなことはない。途中立ちよって一人を報告に帰えすように”といっていたが、いったい、どんな状態なんだろう? 〉

佐藤上等兵は、不吉な予感をおぼえた。中隊長のいっていた陣地は、芦崎分隊の陣地から二百㍍ほどさきにあった。その山のふもとは、一足ごとにひざまでぬかる泥沼で、からだの自由がきかない。ぬかるみから斜面へあがりかけたところに、飯ゴウがふたつ。めしのうえにおさいをのせ、敵がまいた宣伝ビラをかぶせておいてあった。四、五㍍はなれて五、六人の日本兵がうつぶせに倒れていた。その様子から判断して、彼等は、めしをたき、上の陣地へ運ぶ途中不意に撃たれたらしかった。

佐藤上等兵らは、音をしのばせて斜面をのぼった。照明弾の明りで、山の上のほうに、敵兵らしいふたつの人かげを見た。頭をよせあってなにか相談している。よく見定めようと、前へ出たとたん、火の玉となった曳光弾が足元につきさった。

ハッとして位置をかえたが、一発目が合図であったかのように、四方から火の玉が集中した。上等兵は

『中平ッ! 中隊へ連絡に行けッ! 』

命令した。が、彼はおそれて動かない。つぎに命令を与えた暁兵団の上等兵らも走ろうとしない。

〈中隊長は、この陣地が、敵に占領されていたら、中隊全員で総攻撃をかける―といっていた。だれか報告にもどらねば、俺たちも中隊も全滅だ・・・ 〉

赤い火の玉が激しく集中する。上等兵は叫んだ。

『だれも行かないのなら、俺が行くぞッ! 』

すると、三人は一緒に行く―と集まってきた。

〈これでは、切り込みは不可能だ。ヤマの中腹にいる敵兵を攻撃して帰ろう 〉

上等兵は、切り込みを中止しゆっくり、斜面を登って行った。

『手りゆう弾を投げたら、すぐ逃げろ。マゴマゴしていたら敵の集中射撃をくうぞ』

一発は自決用に残し、四人で山腹の敵陣めがけて一斉に投げた。やみのなかに、赤く火花がはじけ、サク裂音がとどろく。集中していた火の玉が、ぴったりとまった。

『走れッ! 』

四人は夢中で、転げながら走った。

〈中隊長からしかられても仕方がない。ひとまず帰って、報告をしてからのことだ 〉

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