セミ 日をいっぱいにうけ 静まった戦場で泣く

戦いやぶれて南部へのがれる疲れはてた避難民と負傷兵の行進―そのうえに、いつやむともしれぬ雨が、シトシトと降りしきっている。時おり無傷の兵隊の一群が、負傷兵を追い越し子供や老人づれの女たちを押しのけて進んでゆく。照明弾が、泥田の道をてらす。疲労しきって、ヨロヨロとしか歩けない避難民には、姿をかくす気力さえなかった。

散発的にサク裂していた敵砲弾が、この群集のうえに集中してサク裂する。ところきらわれず、付近一面に激しく落下する。悲鳴をあげ、右に左に逃げまどい、泥田にふせる。やがて、砲弾はスコールのように通りすぎてゆく。ボロきれのように横たわった母親のまわりで、二、三人の子供たちが、しやくりあげて泣いている。泥のなかに、あぐらをかいたまま石のように動かない老人。死にきれずに、うめきながら泥のなかをはいまわる者。泥のなかに顔を突っ込んだまま起きあがらない犠牲者などが雨にたたかれている。トラックが一台道の真んなかにくろぐろと停止していた。

〈この道を、敵撃滅の意気にもえ、部隊が勇ましく北上して行ったのは、わずか一カ月まえだったのに・・・ 〉

満山上等兵は、うつろな気持ちで、散乱する死体のなかを歩みつづけた。避難者の群れは何度か、集中砲撃をうけ、そのたびに犠牲者をだした。東の地平線が明るくなってくる。

〈間もなく夜明けだ。また、あの激しい銃爆撃がはじまるのか・・・ 〉

破壊された部落のそばに、友軍のトラックが三台停車していた。ようやく明るくなってきた朝もやのなかに、コンクリートや土の壁、焼けこげた立ち木がうっすらと見えた。自動車隊の兵隊たちが声高に話しあっているそばを通りぬけたとたん“バスーッ、バスーッ・・・”と、聞きなれぬ音とともに二、三発の至近弾がサク裂した。雨は、いつしかやんでいた。

満山上等兵は、よつんばいになり、立ち木の根もとへはって行ってうずくまった。

〈日が出るまでは、だいじょうぶだと思っていたが・・・。いままでのとは違う砲声だ。あの砲は、なんだろう?〉

かくれた立ち木は直径三十㌢ほど。たよりげない気がし、四、五㍍さきのくずれたコンクリート塀のかげへ移動した。ふたたび奇妙な音をたてて、トラックのまわりに数発の砲弾がサク裂した。

〈敵はトラックをねらっている。視界がきかないはずなのに、どうしてねらい撃ちできるのだろう?〉

光岡上等兵が呼ぶ。行ってみた。さっきの立ち木が岩石を吹きつけられ、白くなっている。至近弾をくらったのだ。だが、命びろいをした―というよろこびは別になかった。毎度のことなのでもう不感症になっていた。

負傷兵が集まった。三人たりない。さがしたがいない。さっきの砲弾でやられたらしかった。

夜は明けて、めずらしく青空が見える。あれほどひしめきあっていた避難民もいつとはなしに姿を消していた。負傷兵の一行も、ゴウにかくれねばならなかった。とりあえず、近くのゴウにいれてもらおうと、光岡上等兵が走りまわったが、どこのゴウも満員でいれてくれない。

やっと、部隊主力がまだ後退してこない―というゴウにはいることをゆるされた。敷きで毛布が敷いてある。にぎりめしを一つずつもらう。ゴウの外では、日がさんさんと輝き、セミがないている。負傷兵一同は、寝込んでしまった。

 

 

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