余座山へ 焼かれたゴウ脱出 連隊本部の収容所へ

死因がわからない。“ガスだッ! “と、だれかが叫んだ声が耳にのこっている。

〈敵は防毒面でもふせげない毒を使用したのだろうか? 〉

古口准尉は、あぐらをかき、軍刀を肩にもたせかけ、じっと天井をにらんでいた。異様なことに、彼はあぐらのなかに軍靴を大切そうにかかえていた。准尉と、杉山衛生兵が、変になった―とみんなささやいていた。

×  ×

満山上等兵は出入り口のほうへ進んだ。入り口は数㍍にわたってくずれ、完全につぶされている。東風平以来の葛西、食料を運んでくれた保前、三人の女学生、看護婦のひとりも、くずれた岩石に埋まっている。そのほか、死にきれずにうめく声が、あちこちから聞こえた。

数時間後、中隊長から、負傷者は連隊本部の患者収容所へ後退するよう命令がでた。

〈中隊長は、おれたちをあずけ、二十人たらずの部下をつれて、切り込みに行くつもりらしい・・・ 〉

負傷兵の指揮は五十嵐与吉伍長に命ぜられた。伍長は、右かかとを砲弾片でえぐりとられていた。彼は、負傷兵の気持ちを代弁し、中隊長に同行を哀願したが聞きいれられなかった。伍長以下二十四人は申告し、脱出口の巣直坑道へ進んだ。

垂直坑道までのドウクツは、かなりののぼり坂になっており、ところどころに他中隊のたまり場があり、死傷者や器材、弾薬がちらばっていて行進をはばまれた。

午前二時ころ、垂直坑道の下に到着。情報が伝えられた。敵は日本兵の脱出をふせぐため、きよう、火炎放射器で入り口一帯を焼きはらい、機関銃をすえつけて見張りをつづけ、ときどき、手りゆう弾をなげてよこす―という。しばらく脱出の機会をうかがっていた先頭の兵が、飛び出した。機銃の鋭い音―〈発見されたか?〉機銃の音は、すぐやんだ。ドウクツに行列している負傷兵の列が、すこしずつ進む。

満山上等兵の番だ。ふりあおぐと、脱出口にふちどられた小さな空が、薄明るくなっている。この坑道は、換気のために作られ、せまくて垂直。足元には焼けこげた資材、坑木が散乱している。急造のハシゴをのぼり、静かに、あたりを見回した。二、三人の負傷兵が、はって進んでゆく。黒々と点在する岩が不気味だ。敵の機関銃は、どこにあるのかわからない。

上等兵は、収容所があるという与座岳をめざして、静かにはいだした。敵陣は沈黙している。中腰になり駆けた。そのとたん、眼前が真ッ赤になり、激しい機銃音が全身につきささった。

〈見つかった! 〉

くぼ地にころげ込んだ頭上を火の玉(えい光弾)がかすめてとぶ。夢中ではう。タマの加減をみては、走る、あたりを見回した。仲間の姿はない。朝日がのぼる。

〈早く与座岳へ行こう。マゴマゴしていると、敵にぶつかるぞ・・・ 〉

走った。飛び越え、ころび、また、走った。屏風(びようぶ)のようにそそり立つ与座岳―敵の猛砲撃をうけ、斜面は一面に白い粉をふき、朝日に真っ白く光って、まぶしい。耳をすました。人の気配は全然ない。与座岳は、シーンと静まりかえっている。

〈友軍は全滅したのだろうか? 〉

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