砲のない砲兵 陣地は重傷者だけ 敵に砲もこわされ

山三四八○部隊・連隊段列(長・新増大尉)の加藤勇伍長(札幌北六東八)は、約四十台の自動車を持つ弾薬輸送中隊の一員として活躍していたが、五月末、各砲兵陣地は、全滅状態になり、自動車も輸送に出たまま帰えらなくなったので、戦友たちとともに歩兵部隊に編入させられた。伍長ら六人は東風平の中隊から、近くの高射機関砲陣地についた。陣地は敵の占領範囲内にあって生き残りはひとり。砲は一門・それも照準眼鏡がこわれ、ただタマがでるだけのもの。さいわいタマは曳光弾(えいこうだん・光りの尾をひいてとぶ)なので、夜撃てば飛んでゆくところがわかり、ねらい撃ちできる。昼間は上空を敵機群がおおい、一発うてばメチャメチャにやられるので撃てない。夜、敵偵察機がときどき低空で飛んでくるのをねらって撃ち、やっと一機落とした。ところが、陣地を敵に発見され、猛攻をうけた。三人が戦死。砲はこわされてしまった。

加藤伍長以下三人の生存者は、雨の中を敵の包囲をくぐりぬけ、友軍の戦死体を飛びこえ、東風平に新増中隊へ帰った。中隊は新垣部落の新陣地へ後退したといい、陣地はからっぽ。伍長らは中隊を捜した。

たどりついた中隊には、生き残りが二十人ほどいた。伍長らは歓迎されなかった。陣地ゴウがせまいのだ。三人はタコツボを掘ってはいった。

〈敵は四、五百㍍に迫っている。ここもあと一日とはもたないだろう。国頭へ移動すべきだった〉

伍長は新増大尉に進言した。ゴウの奥にとじこもったままの中隊長は、伍長のことばに耳をかそうとしない。

〈国頭には友軍が上陸し、戦闘を有利に展開しているという。同志をさそい敵中突破して行こう〉

伍長の叫びに、六人が集まった。敵の監視がきびしいようだ。その夜の突破行はみあわせ、一同、墓にはいる。墓のまわりに敵兵がいるという。一同移動を決意し、機会をうかがう。突然、山川一等兵(上川)ら三人が伍長の制止を振り切って飛びだした。手りゆう弾のサク裂音。三人とも戦死した。ようすをうかがい、伍長は、青山上等兵(帯広)ら三人と墓からしのびでて、三十㍍ほど下のくぼ地に、しばらくふせていた。

〈中隊陣地はどうなっただろう? 〉

伍長は警戒しながら戻った。陣地は砲撃をうけ、跡かたもなくなっていた。陣地ゴウの入り口に積んであった食糧、だれともわからぬ五、六体の死体が散乱、死臭と火薬のにおいが鼻をつく。

引き返した伍長は、三人をさそい前方の森へ向かう。森の中から重機関砲の乱射。四人は、あわてふためき付近の穴へ飛び込んだ。そこは、十㌢りゆう弾砲中隊の陣地だった。ゴウ内に十五、六人の看護婦をまじえた兵隊がいた。新増隊の藤森軍曹(札幌在住)大西衛生伍長(北見)がおり、倉部伍長(本道漁村出身)は風土病におかされ高熱にうめいていた。大半が重傷者。そのうめきと、看護婦たちのすすり泣きの声がゴウ内にこだまする。外は不気味なほどの静けさ。そのまま、朝を向かえた。

敵戦車のキャタピラのひびき、米兵のざわめきが接近する。息をのんでかくれひそむ一同の耳に、土砂のくずれる音がひびいてきた。

〈敵は、土砂をくずして、入り口をふさぐんだ! いよいよ最期か・・・どうせ死ぬなら、腹いっぱい水をのんでから死にたいなあ・・・ 〉

加藤伍長は、かわくのどをさすった。

 

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