動くものなし 右も左も戦死 頼みの重機、遂にこず

 寒さを感じ、佐藤分隊長が正気づいたときは、日がくれかけていた。

 〈そのくらいたったのだろう?〉

 顔をなでてみた。メガネと鉄帽がない。あおむけに倒れている自分に気づく。鉄帽は、すぐそばにころがっていた。爆風をうけただけで、これというけがはしていない。

 とたんに、砲弾のサク裂。うしろへさがろうとして、穴へ落ちた。グンイヤリ、やわらかいものを踏んだ。穴の底に黒人兵が死んでいる。穴からぬけ出し斜面の下へおりた。

 歩いているうちに、いつの間にか、夜になり、こまかい雨が降りだした。分隊長は小隊の位置に戻った。

 うしろの岩陰では、第一大隊が、いまかいまかと、第二小隊が血路を開くのを待っている。

 橋津小隊長は

『敵陣の正面からテキ弾筒を撃ち込み、発煙弾を利用して接近する。それから手リュウ弾を投げ込み、銃剣をふるって突っこむ』

という戦法を主張した。佐藤分隊長は

『その攻撃法をとれば、敵はかならず、日本軍が正面から攻撃してくることに気づき、火器をそろえて待っているに違いない。

それでは突撃は失敗するから正面からはテキ弾筒、発煙弾、軽機を撃ち込み、われわれは、側面から突撃をくわえたほうが有利だ』と意見をのべた。

橋津小隊長は、自信にあふれた笑いをうかべ

『側面には、機関銃中隊の銃器が二台配属になっている。これが側面から攻撃することになっている。なあーに、ヤンキーなんて、銃剣で突っ込めば、すぐ逃げるさ』

佐藤分隊長は、その不適な微笑に安心し、小隊長案に同意した。ふたりは、こまかい打ち合わせをし、時機のくるのを待った。

橋津小隊長は、なんども腕時計をみた。草は、しっとりぬれ、照明弾の光がキラキラ光る。小隊長は、落ちつかなくなった。打ち合わせの時間になっても、側面の重機が射撃を開始しないのだ。ぬれた草のうえを静かに風が吹いてくる。はだ寒いほどだ。ここが戦場の第一線とは思えないほどの静けさが、あたりに漂っている。

不気味な静けさに、佐藤分隊長も、落ちつかなくなってきた。心臓がコトコト音をたてる。それが気になってならない。じゃまな偽装網を肩の上へ投げあげる。なんどやっても、下がってくる。銃剣の刃先をぬらす夜露をふきとったり、偽装網を、はねあげたりして時機の到来を待った。

死の恐怖もなければ、生へのあがきもない。ただ、だれか人のくるのを待ってでもいるかのように、小隊長の命令を待っている。

遂に、橋津小隊長は、しびれをきらしたらしい。

『重機は、どうしたんだッ! もう、夜があけるぞ。これ以上待っていられない。よーしッ、突撃だッ!』低いが、イライラした声で叫んだ。

佐藤分隊長は、だまってうなずいた。

第二小隊の夜襲班二十五人は、横一列に散り、小隊長を先頭に、ほふく前進を開始した。橋津小隊長のうしろに佐藤分隊長がつづいた。静かであった付近一帯に、テキ弾筒を敵陣へ撃ち込むシュル、シュル、シュル・・・という軽い音がひびき、弾丸が前方へ飛んでゆく。

発煙弾が前に落ちた。一面に煙幕がはられる。兵隊は一斉に立ちあがって走り、煙のなかへかけ込んだ。

〈敵前三十㍍? いや、もっと近いかもしれぬ〉

佐藤分隊長は、煙幕のなかに伏せ、前の小隊長を見失うまいとした。自分についてきている者がだれか、全然わからない。だが、それでも、手リュウ弾の安全ピンを抜きとり、鉄帽にうちつけて敵陣に投げ込む。

橋津小隊長が立ち上がった。佐藤分隊長も隊員に合図をし立ち上がろうとしたとたん、前へのめった。何かに偽装網がひっかかったらしかった。夢中でひっぱり、走った。小隊長は二㍍ほど前方、そのうしろに、分隊員が横一列になって、走りに走った。

パッと明るくなり、突撃する兵隊が、光のなかに浮きあがる。敵陣からの猛射。

佐藤分隊長は、その場に反射的に伏せた。小隊長橋津正太郎軍曹、招集兵田中義輝上等兵、三年兵加藤政義上等兵の三人がズルズルッ・・・とガケ下へすべり落ちていった。

〈三人とも、もう死んでいるな?〉

落ちてゆく三人の姿勢から死体を感じた。

砲弾が、佐藤分隊長のまわりで何発もサク裂する。うなり声が、隣から聞こえる。だれかやられたことはわかるが助けてやれない。

分隊長は、ガケのふちに手をのばし、前方をうかがった。敵兵の姿は全然見当たらない。あたりを見回した。味方は、一人も動いている者がいない。倒れている右側の兵隊をゆすってみた。死んでいる。左側にも、ゆすって答えない戦死体。足元の鉄帽も、いくら押しても、応ずる気配がない。かすかなうめき声が、あちこちから聞こえてくる。佐藤分隊長は、全員戦死を直感した。

沖縄戦きょうの暦 6月6日

 米軍、小禄飛行場を占領。陸戦隊の抵抗つづく。

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