ウジと兵隊 からだ中はいまわる 重症で、はらいのけられず

 負傷兵輸送のトラックのひびきが、艦砲弾サク裂の合い間、あいまに聞こえてきた。ヨロヨロと、やみのなかに近づくのを見れば、四台が四台とも、運転台の屋根がない。機関部のカバーは破れ車体はタマのあとだらけ。

 その時、上空に爆音。敵機の機影、照明弾サク裂。クッキリと、トラック、負傷兵、衛生兵の姿がうかびあがる。

 トラック上の負傷兵は、死んだように静かだ。意識してではない。もう精根を使いはたし、声すら出ないのだ。軍服は脱がされ、全裸に近い。黒くよごれた包帯。ウジのわいた傷口。

 飛行機は機銃掃射も爆撃もしなかった。担架兵たちは気合をいれ、手早くトラックから負傷兵をおろし、洞穴上の広場にならべる。トラックは作業を終えるやいなや、全速力で前線へ去って行った。百人以上の負傷兵を前に、藤沢軍曹ら野病勤務員は途方にくれる。

 だが、このまま放置してはおかれない。衛生兵はじめ防衛召集兵、看護婦、十五、六歳の県立第二高女生らが協力し、負傷兵一人一人を担架にのせ、くらくて足場のわるい洞穴中へはこび込む。その苦労は並みたいていではない。

 すでに負傷兵は一千人に近く、いくら衛生兵が必死になっても資材、人員の不足で手当てができない。破傷風、ガスエソで絶命する者が続出する。苦しみ泣き叫ぶ負傷兵を、ただ見ているだけだ。

 軍医二、下士官三で負傷兵一千人の包帯交換をひととおりするだけでも一週間かかった。傷口にウジが密集し、こぼれ落ちたウジは負傷兵の全身はいまおわっている。重傷兵はウジの中に寝ていた。軽傷兵は、寝台にすわって、ただウジのはいまわる光景をぼんやり見ている。とても払ってやるどころではない。連日の雨で、洞穴内は雨もりがし、みんなの毛布はズブぬれ。その不快感さえ、さけようがないのに、他人のウジなど、かまってはいられなかった。

 手術室では、毎日のように手や足を切断する手術が行われた。手術灯に照らされたよかのうえに、からだから切りはなされたそれらが、なまなましくころがっている。

 時々、カマスをさげた看護婦が、目をつぶってひろい集め、外の砲弾の穴へ捨てていた。

 軍医は全神経をうちこんで手術する。だが、手術をうけた負傷兵は、つぎの日あたりからようすがおかしくなる。藤沢軍曹は、両手で、その負傷兵の頭をもちあげると、胴体ごと上がってくる。うなじが碑直するのは破傷風の徴候だ。

 『ああ・・・やっぱり、だめか・・・』

 救いのない絶望感。無力な自分。どうにもならない悲しさが身に迫ってくる。負傷兵は、予想どおり、ころげまわって苦しみ、もがきにもがいて死んでゆく。

 ほとんどの負傷兵は砲弾破片創患者だ。銃創患者はごくすくない。したがって、全員が、ひどい傷をうけ、破傷風やガスエソにおかされる可能性があった。

 運ばれてくる患者の増加に並行し、死者数も激増する。担架の利用がひんぱんだ。はじめは、死体を艦砲の穴へ埋葬し、土をかけていた。つぎつぎの穴があくので掘る手間がはぶけ、土をかけるだけですんだ。

 だが、次々死ぬので、土をかけるひまがない。外へ運び出して穴へいれるだけで精いっぱいとなり、衛生兵も看護婦も不眠不休、疲労と睡眠不足で、だれを見ても生きている人間のようではなかった。

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