雨 空腹、疲労で居眠り 小やみもない雨の中で

全身に激烈なショック―頭から砂をあびる。強いサク裂音に耳も目もくらんだ。尻が痛い。もぎとられたような痛さー。夢中で叫んだ。

『だいじょうぶかッ! 』

『ハーイ』

元気のいい返事。―自分の負傷が気になった。『俺の尻はあるか? 』

『なんともありません』

〈棒で思いきりなぐられたような痛さだ。たしかにやられたはずだが・・・ 〉

佐藤上等兵は、おそるおそる自分の尻

を、右手でなぜてみた。なまあたたかくてヌルヌルしている。足を動かしてみた。自由に動く。

〈また、タマがくる。こうしてはおられない〉

『高安、行くぞ! 』

叫び、走り、つぎの穴へ飛びこむ。その間、ほんの二、三秒。穴のなかから、まえにいたあたりをふりかえった。三、四発のタマが、横にならんでサク裂。土煙りにおおわれた。

〈もう一足おくれたら・・・ 〉

ほっとする、と同時に、尻の傷がズキズキ痛みだした。ふたたび走って本部ゴウへ飛びこむ。したへおり、衛生兵に見てもらう。

『破片がはいっている。傷口は小さい。いまは取り出せない』

ヨーチンをぬってくれた。走ることはできる。ゴウの入り口へ行ってみた。テキ弾筒分隊が発射準備をし、号令を待っている。ゴウの上では、小隊長以下数人が小銃を撃ちまくっていた。テキ弾筒分隊の及川盛吉上等兵が、敵の位置を教えてくれ―という。正確につかんでいないのでことわり、小隊長らのいるところへのぼる。敵が小銃弾を撃ってきた。テキ弾筒分隊が射撃を開始した。敵の爆撃も迫撃砲もない。敵味方が、あまりにも接近しているからだろう。思いのままに戦闘、やがて敵兵は後退していった。

夕方になっていた。美馬上等兵が顔に戦車砲の破片をうけ、声もだせない状態でやってきた。きょうの戦闘で、また二、三人の兵力を失った。

降りだした雨のなかでタコツボを掘る。

〈同情し、金までくれてやったあの女は、ほんとうにスパイだったのだろうか・・・ 〉

エンピで土を掘る佐藤上等兵の胸の中に、泣きぬれていた女の姿がうかぶ。

〈高安は、沖縄の女性が、敵兵の先頭にたって日本軍の陣地を案内していたというが、同じ日本人がスパイをするものだろうか・・・。俺たちのいるところが、先に攻撃をうけなかったこともふしぎだ・・・ 〉

実際を見ていない上等兵は、迷いつづけるだけだった。

こまかい雨が、照明弾の光をうけ、キラキラ輝いて音もなく地面に落ちる。くらい空から上品な絹糸が、際限もなく大地にたぐりよせられているようだ。遠く、近く赤い光りをはなって敵弾がサク裂する。

〈戦死者たちの親子兄弟が流す涙のような雨だなあ・・・ 〉

タコツボのなかには、もう、ひざのあたりまで雨水がたまっていた。腹がへっていた。全身ずぶぬれ。疲れがでて、いねむりをはじめる。寝小便をたれ、父にしかられて、ハッとする。夢だ。父は死んでいる。おとなになった自分は、いま戦場で敵に向きあっている。

〈北海道を出て四年か・・・一目でいいから、家族の者やみんなに会いたい。戦死を何度ものがれた俺も、いよいよ、この陣地が最後だ。だれにも知られず死んでゆくのか。さびしいものだなあ・・・ 〉

雨は、こやみもなく降りつづいていた。

 

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